文章來源:Yahoo JAPAN 2月5日(金)7時00分配信 JBpress
「おひとりさま」天国・台湾の憂鬱 (1/3)
台湾の内政部(内政省)が年明けに発表した「2009年の合計特殊出生率1.0」の報は衝撃的だった。合計特殊出生率とは、女性1人が生涯に産む子供の数の平均値で、史上最低だった2008年の1.05よりも一段と低下し、「平均1人以下」が目前に迫っている。日本の1.37(2009年)や、韓国の1.19(2008年)を下回り、台湾は「少子化先進国」のトップを突き進んでいる。
不景気による所得減で子供を望まない夫婦が増えていることも出生率低下の一因だが、台湾が「おひとりさま」天国であることも影響している。生活が比較的恵まれている公務員や大企業に勤務するいわゆる「勝ち組」にもシングルがあふれていて、日本以上の非婚化傾向を日常的に感じる。
当局もここに来てようやく重い腰を挙げ、少子化対策の本格検討に入った。出産手当の支給など現行制度の拡充が柱となる見込みだが、短期間で劇的な効果を出すのは至難の業だ。
このため、出生率の向上に努めると同時に、「少ない子供から社会に有益な人材を多く育成する」(内政部児童局)という「少数精鋭」的な発想から、子育て環境などの整備を同時並行で進めていく考えだ。
*** 戦後の人口政策が原点 ***
台湾の少子化は今に始まったことではない。内政部の統計によると、台湾では1951年に7.04あった合計特殊出生率が1984年に人口規模の維持に必要とされる2.1を割り込み、その後も長期減少傾向に歯止めがかかっていない。
日本が植民地統治していた台湾では、1945年の終戦以降、中国大陸から100万人とも200万人とも言われる中国人(外省人)が国民党軍とともに逃れてきた。日本人の引揚者は民間人と軍人の計50万人弱だったことから、人口が短期間で爆発的に増加したことになる。終戦直後の台湾の人口は450万人前後とされる。
加えて、医療技術の進歩や食糧事情の改善により死亡率が低下し、人口増に拍車がかかった。このため、当時の政府は1950年代後半になると、家族計画の名の下に人口調整に着手。これが奏功し、出生率は低下していく。ある40代半ばの女性は「親の世代では10人近く兄弟がいるのは当たり前だったが、われわれの代に4人前後に減り、その後は2人以下に減っていった」と振り返る。
「おひとりさま」天国・台湾の憂鬱 (2/3)
*** 教育費かさみ、子供をたくさん産めない? ***
政府の人口政策を起点とした台湾の少子化は、70年代以降の経済発展を背景に、スピードを速めた。
急速な経済成長は、女性の高学歴化や就労率の上昇をもたらし、これらとともに晩婚・非婚化も進展。女性が経済的に自立してくると離婚者も増加し、2007年の離婚率(人口1000人あたり件数)は2.55と、台湾は韓国と並ぶ大量離婚社会になった。当局は離婚の増加も少子化の一因と位置付けている。
加えて、極端な学歴社会化により子供の教育費が膨らみ、親の経済的負担が増大したことで、子供をたくさん産みたくても産めない状況が生まれた。
台湾人は元来、中華圏に特有の「子宝崇拝」的な価値観を有しており、今でも農家の多い中南部でその傾向は根強い。親が跡取りほしさに、独身の子供に結婚をせかす話もよく聞く。しかし、都市化が進んだ台北などの北部地域は、こうした伝統的価値観は徐々に薄まりつつあるようだ。
*** 少子化が高負担低福祉社会を招く ***
少子化問題がこれまでなおざりにされてきた背景には、台湾では年金などの福祉制度が日本ほど整備されていないため、少子化がもたらすであろう社会の変化を身近な問題として想像することができず、社会的な議論がまき起こらなかったことがある。
「目先の利益を優先する」としばしば指摘される台湾人の気質が、長期的な視野に立った政策作りを阻害してきたとも言える。
しかし、もはや、待ったなしだ。少子化の影響は既に教育分野などで顕著に表れている。1月8日付「 [ 中国人が台湾の大学を救う日 ]」でも指摘したように、学生数の激減による大学の定員割れなどはその代表例だ。
このまま少子化が進行した場合の影響として、当局が挙げるのは税金だ。台湾は典型的な低負担低福祉社会だが、少子化で納税者が減れば、世界的にも低いとされる税率を引き上げざるを得ず、高負担低福祉社会への移行を迫られる可能性が出てくる。
*** 託児所充実の裏事情は・・・ ***
筆者が住んでいる台北では、市内の至る所で託児所や幼稚園を目にする。24時間営業の託児所もあり、日本より託児環境は充実しているのは間違いない。
「おひとりさま」天国・台湾の憂鬱 (3/3)
台湾では出産直後から子供を夫婦の親や託児所に預けるのは当たり前。平日は24時間営業の託児所や親元に預け、子供と一緒に過ごすのは週末だけという夫婦も少なくないという。東南アジア出身の外国人家政婦を雇い、子供の面倒を見てもらう夫婦も多い。
ただ、こうした民間主導の託児環境の充実は、社会的な制度が未成熟であることの裏返しだ。5歳の男児を持つ30代半ばの女性は「企業の育児休暇制度が欧米に比べてあまりにも貧弱。育児休暇後のポストは全く保証されていないので、キャリアを大事にしたければ、育児休暇を取るのは事実上不可能だ」と言い切る。
*** 同じ悩み抱える日・台で知恵出し合おう ***
一方で、高齢化も急速に進んでいる。内政部の統計によると、0~14歳の人口に対する65歳以上の高齢者の比率である老化指数は2009年末時点で65.05%と過去最高を更新。同指数はアジアの国・地域の中で、日本(176.92%)に次いで2位となる。
内政部が2008年に初めて作成した「人口政策白書」によると、このままのペースで少子高齢化が進んだ場合、2018年には人口の増加がストップし、人口減少社会に突入すると指摘している。
内政部は少子化対策を検討する部局横断会議を開き、合計特殊出生率を5年以内に1.2に、10年以内に1.6に引き上げる目標を決め、1割れを何としてでも阻止したい考えだ。このため、出産手当の給付期間延長や、3人以上子供のいる家庭に対する住宅補助の創設などを検討し、法修正作業に乗り出した。ただ、日本が導入を決めた子ども手当のような制度は「育児の負担を減らすのは金銭だけでは解決できない」(簡慧娟同部児童局長)として、導入には否定的だ。
同局長は「人間の量だけでなく、質の向上も同時に推進する必要がある」と強調する。台湾の総人口は2300万人強で日本の5分の1以下に過ぎない。「少ない人口の中から社会に有益な人間をどれだけ多く育成するか」(同)が常に問われてきた。
少子化は一朝一夕で解決できる問題ではないことは、自明だ。政府の政策は時の政権の利害に左右されることも多い。こんな時こそ、少子化先進国である日本と台湾の政府が情報交換などを通じ、知恵を出し合う取り組みを始めてもいいのではないか。新たな視点から、有用な政策が生まれるかもしれない。